「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか・・・」
えっ?昔はだまされていた?ってゆうか迷信では?? そう思いました。私も。。 でも、そんな本のタイトルと、その序文を読んで、内山さんの講演に行くことに決めました。 参加したのはNPOスローライフ掛川で実施している「ライフスタイルデザインカレッジ」の公開フォーラム。 講師は、↓この本の著者。哲学者の内山節(うちやまたかし)さん。 本の内容紹介はこちら講演テーマは「 里山の暮らしから新たな価値をみつける 」 内山さんは、群馬県上野村で一年の半分をすごし、その自らの体験や村の人々とのやりとりの中で感じ取った感覚や言葉などから自然との共生や日本人の本質や思想について、難しい言葉ではなく、我々にわかり易い表現で講演してくださいました。 「日本には宗教と違う信仰がある。」 宗教には経典があるが、日本の信仰・・つまりもともと山や水など、自然をそのまま信仰として考える思想には経典はない。 だから対象がはっきり見えるワケではない。 しかし、物事の「本質」は見えないところにある。 そして、日本人はその見えない「本質」によって結ばれている。。 これが、言葉になれば、文化や習慣、儀礼や儀式となるのかもしれない。 だから、全ては見えないが、少しづつ、違う形で見えているのである。。 これが、自然や神や仏やお化けや・・・ そうして日本人は生きてきた。 だから、見えないモノが形になったモノを大事にする。(山や水、仏像や彫刻、建築。。) だから、見えないモノから発生した型を大事にする。(祭典や儀式、習わしなど。。) ↓講演をする内山節さん。 ![]() 本質はもともと見えない・・が。見えない本質は色んな形で見えてくる。 見えない本質が言葉となって見えてきたり、見えない本質が行動となって見えてくる。 これによって、見えない本質を垣間見ることはできる。 今の金融不安は、株は全体の2割位しか実際には動いていない。あとは見えないお金ばかり。 本来、株など持っていない一般の人には関係ないハズなのに、巻き込まれてゆく現代。。 では?どうやってゆけばよいのか?? 今は、自分と等身大の生活(世の中)ではない。のではないだろうか。。 だから、等身大の世界に戻ってゆく必要があるのかもしれない。。 自然にとっても、人間にとっても、等身大の世界に。。 ・・・・見えないモノ。「本質」を昔の人は大事にして、「信仰」として見ていたのかもしれません。 昔から「木」も信仰の対象とされてきました。そこに我々の本質を見ていたのかもしれません。 私が「木」に惹かれるのも、そんな理由なのかも。。と感じました。 ↓こころ現代民家研究所は100%国産材の家造りをしています・・・ということでクリック。 こころ現代民家研究所 http://www.minken.jp/ ![]() |
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